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| Giro delle Regioni (イタリア) 4/25~5/1 |
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インタビュー
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村山規英(ブリヂストンアンカー)
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差は、微々たるものだと思うんですよね。
村山規英は、まず、こう話を切り出した。 今、現実にこの年代のこの選手たちの中で、 身体的なものに関して言うならば。 そこで、どうやって差が付いて来るのかと言うと、 アタマの部分だと思うんですよ。 「経験」ですね。 村山は、ふだん、フランスに拠点を置き、 G.S.C. BLAGNACというチームに所属し、活動している。 欧州での経験も蓄積しているはずだ。 第2,第3ステージの上りは、きちんと、追い込んで登れたんです。 追い込んで、追い込んで、切れて遅れてしまった。 こうなると、もう頭が、「きつい」ってことだけで いっぱいになってしまうんです。 |
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そんなとき、こう幸也さんに言われたんです。 「ノリ、キツくていっぱいになっちゃって、頭が働いてないんじゃないの?」 それで第4ステージは、何も考えないで、ただ走りました。 そうしているうちに、自分のレースの感覚が戻って来たんです。 周りが見えるようになって行って 脚がついて行かない、といいうよりは、 頭が付いて行かないっていう感じだったんですよね。 この新城のアドバイスが効いたのか、 第5ステージ、村山はすばらしい結果を残した。 それで迎えた平坦の第5ステージ。 こういうステージのゴールって、ヤバいんです。 イタリアの選手とかは特に、ゴール勝負に賭けて来る気迫が違う。 ホントにヤバいことになるんです。 幸也さんに「スプリントするから、500m前地点で、出て来てよ」 って言われたんです。「500m前地点で会おう」って別れて。 レースが展開して、やっぱり、集団でゴールに向かう形になって。 でも、ラスト5kmで千切れてしまったんです。 ところが、どういうわけか、ラスト1kmで、 幸也さんにつながる道が、すーっと自分の前に開けたんです。 それで「幸也さん!」って、ホントに500m前地点で合流して。 そこで、落車が起きて、その後ろの選手たちは、 少し、足止めを食うことになりました。 幸也さんは落車のために、ちょっと外に膨らんだところから、 でも、自分はもっといい位置にいたので、 内側から ゴールにスプリントする形になって… それで自分が7位、幸也さんが10位でフィニッシュ。 7位という結果は、うれしいけれど、自分の力ではなくって、 ホントにチームの、みんなの力です。 この10位入賞は新城の2位がなければ、 完走すら大きな目標だった日本にとって、輝かしい記録である。 第4ステージ、新城の2位入賞が皆に与えた影響は大きかった。 特に昨年まで同じブリヂストンエスポワールに所属し、 現在も近くで活動する、練習仲間であり、近い後輩の村山には、 最も大きな影響が与えられたようだ。 最終ステージに関しては、ウクライナとスロベニアがコントロールしていて、 他のチームはあまり目立った動きをしなかった。 元エスポワールの4人(注:新城、田中、畑中、村山)は、 なんて言うか、わかるんですよ。 集団のまま終盤に突入して「そろそろ全員で上がろう」って、 右か左から上がるヤツにうまく付いて行って…、 って、集団で上がる方法を心得てるし。 ラストの小周回に入っても、最初は、まだまだ後ろの方にいたんです。 幸也さんが 「ノリ、今日はアシストしてやるから、付いてこいよ!」って。 それで幸也さんに連れて行ってもらって、スプリントに。 スプリントは、よかったです。脚もうまく回ったし。 でも、2人で他の力(他チームの有力選手)をうまく利用して、 ここまで上がって、ゴールに絡めたわけで、よかったです。 ここから順位を上げていくのは、本当に自分自身の力、ですよね。 確かに着順も嬉しいんですけれど、このリザルトは 幸也さんのおかげって面がすごく強いですから...。 今回、一番自分にとってよかったのは、 第2,第3ステージがうまく行かなくって、そこを乗り越えて、 だんだんよくなった、っていうところ、です。 すごく、勉強になりました。 そして、村山規英はこう締めくくった。 ともかく、楽しく終われて、よかったです。 もちろん、来年も参加したいです。 でも、幸也さんは、1年目の参加の去年から2年目で、 これだけの記録を残したわけですから、 僕たちは、この記録を、越えないと。 |
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