オーストリアに入って約1週間。とうとう決戦のときが訪れた。
ロードレースエリート男子に出場する3人(福島、野寺、別府)は、7時半に朝食を取り、9時にホテルを自走で出発。10時半のスタートに備えた。見た目には緊張している様子もなく、笑顔も見せながら準備を進めるが、やはり今日はエリート男子のレース。隣のチームピットには、今年のツール・ド・フランスでラルプ・デュエズのステージを獲ったフランク・シュレクが、同じくツールでマイヨ・ベールを獲ったトール・ハスホフトがいる。やはり、プロ集団が集まる独特の雰囲気がレース会場を包む。平常心でいれば何でもないこと(たとえば安全ピンでゼッケンを留めるなど)も、手が震えてスムーズにできない。知らず知らずのうちに緊張しているようだ。
ベルギーやスペインが最大の9名で参戦しているのに対し、日本は3名。しかし、先述のハスホフトがいるノルウェーも3名、シュレクのルクセンブルクに至っては1名だ。もちろん9名で出場できればいいが、悲観することなく戦いたい。
レースはスタート直後からベネズエラ選手のアタックで始まる。今年クイックステップに移籍しツールに出場した、ホセ・ルハノのいるチームだ。ちなみにベネズエラも3名で出場している。その逃げは捕まるが、今度はコロンビアの選手がアタック。それにヒートアップされた集団が、高速で1ラップ目を走り抜ける。
2周目に入るスタート・フィニッシュ地点では、別府が8位で通過。名だたる選手たち囲まれ、集団の先頭を走る別府の姿が国際映像に映る。通過順位を示すリストにも、日の丸が表示された。国の誇りを感じる瞬間だ。
レースはその後、3周目に決まった12人の逃げが続き、大集団はその逃げを許す形で展開。一時はタイム差が15分近くまで開いた。その頃には気温がどんどん上がり、丘の上の補給所にいたスタッフは、外に立っていると熱射病になりそうだったと言う。こういう気温の中でのスロースピードは、体力を消耗する。
スピードが徐々に上がり始めたのは8周回目。集団から一発を狙った選手がアタックで仕掛ける。9周回目には、別府と野寺が先頭を引くシーンが国際映像に流れた。
集団がバラバラになり始めたのは9周回目の後半。ちょうどレース距離が200kmに達したころだ。アントニオ・フレチャ(スペイン)やルカ・パオリーニ(イタリア)などが10%の上りでアタックをしかけ、その後も逃げが捕まっては、また誰かが逃げる展開が繰り返される。この攻防に耐え切れない日本代表は、ジワジワと遅れを取るようになる。
11周回目、別府は集団の中に残っているが、福島と野寺が集団から完全に取り残される。その周の補給地点に来た福島は、サコッシュを取って残りの周回に備えようとするが、コミッセールによってレースを下ろされてしましった。タイムオーバーだ。野寺は1人で補給所を通過したが、完走させてもらえるかどうか。残りはたった1周。
しかし無情にも、野寺は12周回目で降ろされる。あと22kmのところでゴールを逃した。希望は別府に託されるが、11周回目で集団から遅れて6人の小グループとなり、とにかくゴールを目指すしかなかった。
レースは、パオロ・ベッティーニ(イタリア)とエリック・ツァベル(ドイツ)の一騎打ちとなり、スプリントを制したベッティーニが念願の06年世界チャンピオンとなった。3位にはアレハンドロ・バルベルデ(スペイン)が入った。
ゴール後、18名の選手とスタッフ全員がチームピットに集まって選手たちをねぎらい、帰り支度をした。別府は「役に立てなくてすみません」と言い、野寺は「すごく調子よかったんですけどね」と言い、福島は帰りの車を用意したにも関わらず自転車にまたがって、「練習します」と言ってレース会場をあとにした。
ホテルに戻ったらみんなで乾杯をし、お互いの健闘を称えた。スタッフに対しては感謝の言葉もあった。その夜は遅くまで語らい、笑った。たった1週間とは言え、同じ目標に向かった仲間だ。次の朝は全員で集合写真を撮り、握手をして別れた。
日本代表選手たちは、この瞬間に出せる力をすべて出し切って戦ったということは間違いない。藤野コーチの言葉を借りれば「みんな実力はある。でも、何かちょっとしたことがうまくかみ合うと、上位の結果が出せるようになるんだろう」。今後の日本ロードレース界に期待したい。